【簡単!サイエンス】アルツハイマー型認知症: いつ/誰が/なぜ.. 知らずにいて後悔しませんか? [前編]
誰しもが「健康で長生きすること」を願っています。
その願いが半分叶って、2021年現在、日本は「人生100年時代」。高度医療国の日本では「2人に1人の割合で、87歳まで生きられる」ようになりました。しかしながら、夢の長寿社会に待ち受けているのは75 歳以上の20%が認知症になるという現実です。
理由は不明。治療法はない。
- 認知症とは?
- 認知症のタイプ
- アルツハイマー型認知症の原因究明: カオスのはじまり
- 「アミロイドβは諦めて"タウこそが真実"とする派」の状況
- 「アミロイドβの理解を深めて再チャレンジする派」の状況
- 全体のまとめ
- ⇒【次回予告】同研究業界で共有されている重大リスク
- ⇒【次回予告】個人として、ぼくがやっていること
認知症とは?
電車に飛び込みます。
そういう未来が待ってるんです。
認知症のタイプ
最初に少しだけ、謝らないといけません。
この認知症、もっともメジャーなタイプとして3種類あります。
① 脳血管性
② レビー小体型
③ アルツハイマー型
国内の統計結果としては、認知症患者の約半分が ”アルツハイマー型" であり、平均的に最も罹患する確率が高いです。今日からお話する、「いつ。誰が。なぜ」は、全て"アルツハイマー型の認知症"に限ったお話になります。
残念なことに、ぼく個人の感覚、またその他多くの研究者の実感としても、各タイプの認知症では、最適な治療法・予防法、個人の罹患リスクが違います。つまり「一撃で全種類のリスクを軽減したり、治療したり」それは、これからもまだ暫く不可能なままでしょう。
なので今回は、最も多い認知症タイプ "アルツハイマー病" について焦点を当ててお話していきたいと思います。
と、その前に一応、これからのお話の信用担保。完全に身バレのリスクになりますが、僕は以下の論文著者の一人になります。つまり、少なくとも、世界の研究業界にアルツハイマー病の論文を出せるというレベルでは理解と経験があります。
正直、ぼくよりもこういう情報発信をして欲しい研究者はいっぱい居るのですが.. なかなか一般向けに噛み砕いて情報発信するという機会がありません。お医者さんはそういう活動にも結構前向きなのですが、研究者はなぜかあまりしないのです。
理由はおそらく「噛み砕いて、分かりやすく」説明すると、情報の精度がどうしても落ちてしまうからです。つまり「嘘ではない」「拡大解釈」「言い過ぎ」が増えます。研究は厳密性を重んじますから、これを嫌うもの十分分かるのですが。それでも、変えていきたいなあ、こういう現状。。。
https://www.nature.com/articles/s42003-021-01720-2
アルツハイマー型認知症の原因究明: カオスのはじまり
アルツハイマー型認知症に、なぜ、なるのか。これは実は一世紀ほど前から既に明らかとされています。原因は2つあって、名前を「アミロイドβ」「タウ」という異常タンパク質です。
ぼくの以前の記事で解説したことがあるのですが、「タンパク質は栄養素、という栄養学的なイメージ」はここでは一旦捨てて下さい。「タンパク質は実質サラリーマンであり、体の中で、割り当てられた何かの仕事をしてる。その仕事全部がぼくらの体の維持に必要」これが生物学的な正しいタンパク質の理解です。詳細は以下のリンクから。
それでですね。
アルツハイマー型認知症では、この「アミロイドβ」「タウ」というタンパク質が仕事を放棄する... だけなら良かったのですが、勝手に集まって肉団子のようになってしまいます。ちなみに、この「アミロイドβ」が凝集したものを"老人斑"、「タウ」が凝集したものを"神経原線維"と言います。脳の中に、巨大なゴミ玉が出来たような状態です。
え?
じゃあそれなくせば治るじゃん..
それをして治らなかった(一部ではむしろ悪化した)のが、本研究業界の悪夢の始まりでした。そう、20年以上前に既に実用化して、治らなかったんです。その時は、①そもそも「アミロイドβ」を脳内で作られないようにするお薬候補や、②「アミロイドβ」は脳内に発生するけど凝集しないようにするお薬候補(中和抗体)がありました。当時、大手製薬企業が、誰が最初に実用化するかの競争になっていて――軒並み中止になりました。
なにゆえ?
どういうこと?
ここで、アルツハイマー型認知症の研究分野は大きく2つに割れました。「アミロイドβの理解を深めて再チャレンジする派」と「アミロイドβは諦めて"タウこそが真実"とする派」です。
「アミロイドβは諦めて"タウこそが真実"とする派」の状況
この派閥の考えは比較的分かりやすいと思います。
「アミロイドβ」か「タウ」が原因とそこまで分かっていて、なんか原因不明瞭だけど「アミロイドβ」の治療戦略じゃ治せなかった。じゃあ「タウ」じゃん――という展開です。実際、結構、このアミロイドβショック(と僕が名付けた)をキッカケとして「タウ」研究派閥は大きく盛り上がりました。
そして、本当に近年、「アミロイドβ」と同じように
「タウ」を標的にした薬の実用化が進められています。
「①そもそも「タウ」を作られないようにするお薬」――は原理的に開発されませんでした。繰り返しになりますが、タンパク質は本来、体でなんらかの仕事をしているもの。「アミロイドβ」は大人の脳内でそこまで大事な仕事をしていなかったので、"①作られないようにする"ことが出来たのですが、「タウ」は重要な仕事をしているタンパク質なので、作られないようにすることは生体的にあまり良くありませんでした。シンプルに開発が難しかったという理由もあります。
「②「タウ」は脳内に発生するけど凝集しないようにするお薬候補(タウ中和抗体)」が現在、アルツハイマー型認知症の患者さんに、実際にトライしている段階です。しかしながら、本当に最近、ちょっと雲行きが怪しいぞ.. という発表がされています。まだ結論を得るには早い段階です。しかし、第一速報としては、失敗(効果なし)、ということが報じられてしまいました。。
アルツハイマー型認知症の治療が、混迷になる理由.. それは、どう見ても原因は「アミロイドβ」「タウ」なのにどういうわけか治療できないことです。ちなみに、動物実験のレベル.. アルツハイマー型認知症に近いマウスを人工的に作出して、お薬治療を試みる段階での成功例はいっぱい、本当にいっぱいあるのです。。
「アミロイドβの理解を深めて再チャレンジする派」の状況
そんな十数年の間、「アミロイドβを凝集させなきゃ治るんじゃね?」仮説で先に挫折していた「アミロイドβ」研究者たちは、新しい段階に入っていました。
なぜ、アミロイドβの巨大肉塊(凝集物)である"老人斑"をなくしても、アルツハイマー型認知症を治せなかったのか、それを皆でイチから議論し続けていました。正直、結構、カオスな時代だったと思います。
完全に私見になりますが、その中から一つ台頭してきた新しい理論が「オリゴマー仮説」でしょう。この仮説は「アミロイドβ」がどうみても原因なのに、その肉団子"老人斑"のないアルツハイマー型認知症の患者が実際にはいる、という矛盾解決のため発足した仮説です。簡単に説明します。
「アミロイドβ」がゴミなら、それを凝集する(一箇所に集める)ことは良いことでは?
*おそらく、専門家は皆「それは違う!言い過ぎ!」と非難轟々でしょうが(ぼくも同意です)、でもあえて、今はそういう解釈で説明させて下さい。この厳密な説明じゃ、研究者でさえ、別分野出身者は理解し難いと思うです。
この考えだと、"一箇所にゴミが集まれない ⇒散乱している"状態はそれはそれで悪いという解釈になります。
それからちょっと無理やりに聞こえるでしょうが、①「アミロイドβ」を作られないようにするお薬は、「アミロイドβ」もタンパク質だから何か大事な仕事をしていたはず、だからなくすのは良くなかった、という結論になってます。でも実際、最近は「アミロイドβ」はアルツハイマー型認知症の原因だけど、健康な人の中では、脳内を維持する重要な仕事をしてる、という論文も沢山出て来てるんです。昔はそんな話ありませんでしたが、科学は日々進んでいるようです。
Science Translational Medicine の抗菌作用の論文貼る!
さて...
この「オリゴマー仮説」――本質をぼくはこう捉えています。
「アミロイドβ」にも色んな状態、種類があって、一番悪さしてるタイプを特異的に破壊しなきゃアルツハイマー型認知症は治らない。だから、ぼく達は「アミロイドβ」と一括にしていた彼らを「アミロイドβ-亜種A型」「アミロイドβ-亜種B型」などと細分化して治療法を考え出さなきゃいけません。
ちょっと..
いや、かなり難しいですね(^^;
とりあえず、「脳内に出てきたアミロイドβ全部消す、という考えから、(良いアミロイドβと悪いアミロイドβが混在しているので) 特定のアミロイドβ亜種だけ消す」に戦略チェンジしたと理解してもらえればオッケーです。ちなみにこの考えは「タウ」にも波及しています。
まあでも一番重要なことは、このアイディアを基盤に「アミロイドβ治療戦略」は再チャレンジされて、もう既に、アルツハイマー型認知症の患者さんに、実際にトライしている段階です。こっちはまだ、第一速報が出ていません。お薬開発は、何段階ものフェイズがあるのですが、今のところ順調に進んでいるようです。
*ちなみに「タウ中和抗体」は、このオリゴマー仮説に基づく新しいお薬候補、より先のフェイズまで進んでいましたが、失敗という結論で中止になりました。「タウ治療戦略」よりこっちが優れている、という簡単なお話ではないのです。。
全体のまとめ
いかがだったでしょうか?
研究者たちの、絶望と挑戦、その長きに渡る戦いが少しでも分かっていただけたら幸いです。
結論としては、序文の通り。アルツハイマー型認知症の発見から一世紀が経って、ぼく等はまだアルツハイマー型認知症のヒトでの治療に全く成功していません。でも、それでも、どんな挫折をしても、新しい理論を構築して再度挑戦する――その意思を100年規模でバトンリレーしてきた歴史を見て、少しでも、希望は持てませんか?
でも、きっといつの日かその答えに辿り着ける。研究者たちが血反吐出しながら開拓してきたその歴史から、みなさんには、そんな明るい未来を感じてほしいんです。
*ちなみにぼくは、上の2つともちょっと違う立ち位置で活動する研究者。でもそれはぼく等の論文のDiscussionを読んで感じて下さいね。
⇒【次回予告】同研究業界で共有されている重大リスク
⇒【次回予告】個人として、ぼくがやっていること
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今回が精神的にも、文量的にも、マシマシで重たいので、分割。本記事を[前編]として、今回は「なぜ」の基礎理論までにします。
次回はこの続き.. 何万人の全ゲノム解析と比較をして見えてきた、業界内でほぼ間違いとされている「発症リスク」、そこから「じゃあ一人の研究者として、ぼく/ぼくの大切な人がアルツハイマー病になったなら、何をするか?」についてお話したいと思います。
↓執筆しました!
ではではー